いじめの発生件数が増加する一方である。自殺や不登校などの、いじめによる生命や心身に重大な被害を生じさせる「重大事態」も10年前に比べておよそ5倍となって、2022年度は923件に及んでいる。こうした状況を背景に、今年(2024年)8月30日に、文部科学省は「いじめの重大事態の調査に関すガイドライン」(2017年3月策定)を改訂した。
改訂前のガイドラインは、2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」や「いじめの防止等のための基本的な方針」に則った、重大事態に対して適切な調査を実施するために策定されたものである。文部科学省の説明によれば、この10年間でさまざまな課題が明らかになった上、依然としてガイドラインに沿った調査や取り組みが行われていないケースもしばしば発生しているところから、改訂を行ったとのことである。
文部科学省は、ガイドラインの改訂の概要について、以下の6点にまとめ、各都道府県教育委員会等に通知している。
- ① 重大事態の発生を防ぐための未然防止・平時からの備え
- ② 学校等のいじめにおける基本的姿勢
- ③ 児童生徒・保護者からの申立てがあった際の学校の対応について
- ④ 第三者が調査すべきケースを具体化し、第三者と言える者を例示
- ⑤ 加害児童生徒を含む、児童生徒等への事前説明の手順、説明事項を詳細に説明
- ⑥ 重大事態調査で調査すべき調査項目を明確化
それぞれの項目の具体的内容は、文末の参考資料のURLにアクセスして、確認していただきたいが、現在、私どもNPO法人子どものオンブズにいがたが支援にあたっている重大事態案件(いじめ自死未遂事案)に関連して、感想を述べたい。
今回の改訂ガイドラインのなかでも、文部科学省がもっとも強調していると思われるのは②の「学校等のいじめにおける基本的姿勢」である。改訂ガイドラインでは「調査の目的」が新たな項目として、「第2章 学校の設置者及び学校の基本的姿勢」から区別されて、「第1章 重大事態調査の概要及び調査の目的」に収められている。それにもかかわらず、改正の概要をまとめている通知のなかでは、②の「学校等のいじめにおける基本的姿勢」の項目で、「調査の目的」をとりあげている。改訂ガイドラインの本文では、この部分は、被害児童生徒・保護者の切実な願いに応えて、事実関係を明らかにして、再発防止策を策定するなどの内容が盛り込まれていた部分である。通知では、そのことにふれず、調査の目的と警察との連携のみをとりあげ、調査の目的は「民事・刑事・行政上の責任追及やその他の争訟への対応を直接の目的とするものではなく、当該重大事態への対処及び再発防止策を講ずることであることから、重大事態調査を実施する際は、詳細な事実関係の確認、実効性のある再発防止策の提言等の視点が重要であることを明記」と記述している。形式的な章立ての問題と思われるかもしれないが、「調査の目的」への文部科学省のこだわりがあったのではないかと思われる。
このことが何を意味するのか、いじめで重大な被害にあった当事者や関係者の皆さんは周知のことかと思う。いじめによる自殺事案などの場合、教育委員会の設置する第三者委員会が、学校・教育委員会や加害児童生徒・保護者への責任追及にならないよう、適切な調査を行わず、いじめそのものの事実を認定しなかったり、いじめがあったにもかかわらす、自殺との因果関係を否定した報告書をまとめたり、あるいはいたずらに調査結果の報告を遅らせたりしていた事例があとを絶たず、しばしば被害児童生徒の保護者から厳しい批判を浴び、トラブルになるケースが出ていたからである。
いじめの重大事態に関するガイドラインでは、文部科学省は一貫して、被害児童生徒の保護者に寄り添った対応を求めているにもかかわらず、現実は、必ずしもそうなっていない。だからこそガイドラインの改訂が必要で、調査の目的が裁判対策にならないよう、目的の明確化を再度、確認しようとしたのではなかったかと言える。
私たちが支援している自殺未遂事案でも、同様のことが指摘できるかと思う。調査委員会の発足から1年半がたって行われた被害児童に対する書面調査で、もう1名の加害児童の追加調査が必要となっている。そのため、報告書のまとめがさらに時間を要することになり、被害児童からも「調査をはやく終えてほしい」との要望が出ている始末である。事案が発生してまもなく2年になろうというこの時期に追加調査とは、調査委員会のこれまでの調査は、いったい何だったのだろうか。自殺未遂の事案が発生した時から、この事実が明らかであったにもかかわらず、調査委員会としての徹底した調査が行われなかったことが、いまさらの追加調査に至っている。
改訂ガイドラインによれば、重大事態の調査の目的は、「当該重大事態への対処及び再発防止策の提言等の視点が重要」となっている。重大事態への対処では、何よりも被害児童の心のケアなどの支援や、加害児童への適切な指導、支援が中心になるが、2年にもなろうとする長引いた調査で、こうした対応は棚上げされたままになっていると言っても過言ではない。
徹底した調査も行わずに、なぜこれほどまでに時間がかかっているのか、調査委員会の活動、取り組みに疑問を抱かざるを得ない。その背景に、いじめの事実関係の徹底した調査よりも、いじめと自殺未遂の因果関係にこだわる調査委員会の在り方が関係していたのではないろうか。その点では、改訂ガイドラインの基本姿勢から大きくズレたところで調査委員会が活動していたように思える。
改訂ガイドラインに関する通知では、留意事項の「その他」の項目で、「令和6年8月30日の時点で既に重大事態調査が開始されている場合においても、個別の事案の進捗状況等に応じて、改訂後の重大事態ガイドラインを踏まえて対応すること」となっている。
当該自殺未遂事案における調査でも、この通知を遵守して、今後の調査やその取りまとめにあたって、裁判対策を目的とすることなく、被害児童・保護者の意向を尊重した、誠実な対応をしていただきたいと願っている。
(山本 馨)
参考資料
- 「いじめの重大事態の調査に関するガイドラインの改訂について(通知)」(文部科学省 2024年8月30日)
https://www.mext.go.jp/content/20240911-mext_jidou01-000037829_1.pdf - 「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(文部科学省 2024年8月改訂版)https://www.mext.go.jp/content/20240830-mext_jidou01-000037829_3.pdf
- 「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン チェックリスト」(同上)https://www.mext.go.jp/content/20240830-mext_jidou01-000037829_4.docx